大竹市 亀居城跡

2006年09月02日 06:21

大竹IC至近にある 広島県大竹市指定史跡 亀居城跡をご紹介します。



慶長6年(1600)関が原の戦いに敗れた毛利輝元は 周防長門2国だけ与えられ
その本城広島を去りましたが 東軍に味方した豊臣恩顧の武将 福島正則が
安芸備後を与えられ その後に入りました。
福島正則は領国の経営に乗りだしながら 周辺部に支城を作り 守りを固めました。

小方(大竹市小方)の城将は甥の福島伯耆を配備して 慶長8年(1603)から
築城を始め 五年後の慶長13年(1608)に完成しました。
城将の福島伯耆は城完成の前年に他界してしまい これに代わり守将の
山田小右衛門、森佐助が兵を率いて入場しました。








この城の規模は 面積992アール 周囲1960mに及び
山頂に本丸、二の丸、三の丸、有の丸、なしの丸、松の丸、名古屋丸など八台が続き、
本丸と有の丸の横には詰の丸、その下に鐘の丸、妙見丸があり
周囲には堀も張り巡らされていたといわれています。



亀居城という名称の由来ですが 城地が亀の伏した形に似ていたからだそうです。
亀居城は広島本城の支城として 防長の毛利氏に対する軍事的見地から重要視されました。
しかし福島正則に対する幕府の圧力は大変厳しく、完成から僅か3年後の慶長16年(1611) 
亀居城は取り壊しの憂き目に遭いました。



現在は石垣だけが残され 大竹市内の展望を楽しめます。
春は桜の名所として 市民の憩いの場となっています。
  MAPはこちら



楽天トラベル大竹市周辺の宿泊施設をネットでお得に予約出来ます。
関連記事