安芸灘とびしま海道 白崎園

2011年12月21日 05:58



安芸灘とびしま海道の第1橋“安芸灘大橋”を渡って直ぐの 下蒲刈島・白崎園で
コンビニで買ったモーニングセット(サンドイッチ&珈琲)を食べるために一寸の休息をしました。



白崎園は 海沿いの崖上の高い位置から瀬戸内海を見渡せる 眺めのよい展望公園で
県道に沿って細長い形となっています、
公園からはフルに安芸灘が見渡せます。



展望や休息のための四阿・石柱モニュメント、トイレ,つつじ園などがあります。
モニュメント『生~土 火 知 空 水』は 2本の塔は男と女を表わし、台座は大地 海の波を表わしたもので 
下蒲刈島の土とこちらで獲れるミカンの木による釉薬で作られた陶板が 埋め込まれています



つつじ園には 全国から集めた約40種ものつつじがあるようで 5月に行くと綺麗でしょうね。



ここの白崎という名称ですが これが3説もあるようです
 ①14世紀末~16世紀末に安芸灘海域で栄えた多賀谷氏が、丸屋城を築き、城の先に見張所を設けた。
  それが城の崎にあたるので、しろさきと呼ばれるようになった説。
 ②この崎が少し風が吹くと波しぶきで白くなり、遠くから見ると白い崎に見えるから白崎と呼ばれた説。
 ③石灰岩を産出する地層があることから白く見え 白崎と呼ばれるようになった説。
平成12年1月18日 当時の下蒲刈町はそうした由縁で 白崎園と命名したそうです。



頼山陽漢詩碑

この詩は 天保元年(1830)6月21日、乗甫(頼春風の養子)と共に 竹原から広島に行く途中
橋下の猫之瀬戸を通った時に詠まれたものです。

漢詩碑の説明文には
 遙遙の船旅、行く手には今、朝日が昇っている。
 心に明日は母に会えるな、などと思っているうち朝霧がだんだん晴れて、
 小舟は織りなす綾波に揺られながら猫之瀬戸を通った。 と書いてあります。

頼山陽が32歳の時に京都へ転居し その後は全国を遊歴して
文人、学者と交わり多くの詩を残しました。書にも巧みで多くの逸品を残しています。




白崎園は 安芸灘とびしま海道の観光案内板があります、
観光情報を収集する玄関口としても 立ち寄る理由がある場所だと思います。



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とびしま海道
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