日本三大水城の一つ 中津城

2011年11月18日 05:58



大分県と福岡県の県境に位置する中津市の 中津城を訪ねました。

中津城は 周防灘に臨む山国川の河口(現在の大分県中津市二の丁)に築城された梯郭式の平城です。
黒田氏、細川氏、小笠原氏、奥平氏が入城し、中津藩の藩庁が置かれました。
現在では 城の周辺は中津公園となっており 中津神社の境内でもあり、
模擬五層天守と隅櫓が建てられ、天守内は資料館となっています。



周防灘と山国川の河口デルタを利用し、門から海水が入って潮の干満で濠の水が増減するので、
水城として数えられ、今治城・高松城と並んで日本三大水城の一つとして名高い城です。
本丸を中心として、北に二の丸、南に三ノ丸があり、
別名「扇城」とも呼ばれているように、その縄張りは山国川河口に扇を広げたような形でした。



城内から見た、中津城・本丸

本丸上段の北東隅櫓跡(薬研堀端)に、5重5階の天守と2重櫓(南東隅櫓跡)があります。
昭和39年 観光開発の為に鉄筋コンクリート造で建てられたレプリカ天守です。
参考になったのは ナンと萩城天守との事.....。



江戸時代の絵図には天守は描かれてなかったようで(天守が存在しなかった)
本丸の山国川沿いにあった鉄門脇の3重に描かれた櫓が 天守の代用を担っていたようです。
それでも22基の櫓を備えた 壮大な規模となった城郭ではありました。



中津城の築城開始は1587年(天正15年)の事で、九州を平定した豊臣秀吉が、
豊前六郡の領主として、自らの軍奉行だった黒田如水を中津に招いてからが始まりです。
在地勢力の反発や文禄・慶長の役などによって築城工事はなかなか進まず
関が原の戦いの後、黒田氏は筑前52万石に移封となり
次には細川忠利が入城し大改修しました。

以後は小笠原氏、奥平氏が入城しました。
奥平氏が入封したのは1717年(享保2)年で 
それから150年は奥平氏9代の居城として続きました。
明治維新後に廃城となりました。



城内は、甲冑類のほか、刀剣、陣道具、古絵図、古文書などが展示されています。




城の土台が 石垣からはみ出ているように見えます!....
全国的にもこのような城閣は珍しいと思います。

犬丸城の旧材を用い戦勝記念(犬丸城落城)としたので 小犬丸城とも呼ばれています。



天然の水堀としていた山国川 要害堅固な城でした。



スケール的には小さくとも、漆黒の色、形、石垣、いずれも気品を感じる城閣です。

中津駅からやや離れていますが 歩くのにさして遠い訳ではありませんし
駅には無料レンタサイクルもあります。

観覧料
大 人 400円
高校生 200円
小・中学生 150円

開園時間 午前9時 〜 午後5時
休園日 年中無休


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