萩八景遊覧船に乗る

2010年12月02日 05:58



近世初頭に毛利氏の築城により城下町となった萩。
町割りが行われ 市街地が形成され260年間にわたって防長の要都として繁栄、
その間に 政治、経済、文化のあらゆる方面に逸材を輩出し
吉田松陰、高杉晋作、久坂玄瑞ら 明治維新の中心人物も輩出しました。

文久3年(1863)藩庁が山口に移り、毛利敬親も藩の根拠地を山口に移すと
萩城は明治7年に解体されるなどで 萩の町は衰退し 
明治以降も発展から取り残されましたが はからずもそれが往時の姿を留めた感があります。
そして萩は 昔から熱心に文化財の保護に取り組んでおり 歴史的景観保存地区、
伝統的建造物群の保存条例が施行され 他の歴史的都市の範となっています。 
そんな萩を水辺から楽しむ「萩八景遊覧船」に乗ってみました。



遊覧船の運行は 外気の暖かい3月から11月までとなっており ぎりぎり間に合いました。
この山口県唯一のリバークルーズ遊覧船も 萩開府400年の時から始まりましたから
運航されて早や6年です。 

遊覧船のコースは 萩城跡の南側近くの指月橋から 萩疎水を経て 
常盤島経由で橋本川を遡り、堀内伝建地区内・平安古伝建地区内の武家屋敷群を川から見ながら
玉江橋を過ぎて 旧田中別邸付近(橋本川の真中)で折り返し 
最後に日本海にちょろっと出る 往復のルートとなっています。
乗船時間は約40分。 



萩疎水は橋本川と日本海の間に作られた運河で 
船運の利と 橋本川の氾濫防止の放水路として開削されました。
(地理的に萩城の要害用に作られたのかと思いがちですが
 萩疎水の起工は大正末期なので 歴史背景が異なります)
その時に出来た萩疎水株式会社は 運河開削だけでなく近辺の土地経営も目指し
堀上げた土砂で萩城中堀の埋立 堀内地区の宅地造成など 山口県の近代土木の先駆けでした。

萩市街には 城下の洪水防止の放水路、川船での物資輸送 灌漑水路として
運河が発達し 新堀川(萩三角州をほぼ東西に横切る) 
姥倉運河(橋本川河口ではなく松本川河口にある)が その責を担っていました。



平安古(ひやこ)の松原
平安古は 堀内地区の武家屋敷地が拡大して形成された
大身や中流武士の屋敷地だった所で この付近の道には鍵曲も多いのです。



最後に日本海の方にちょろっとだけ出ます (海は波が高かった^^)
船頭さんの説明を聞きながら 川や海の景観に恵まれた萩を
違った角度から眺めるのもオツなものだと感じました。 

料金は大人1,200円でした。(2010/11現在)
今期の運転は11月一杯までだったので これから暫くは利用出来ませんが
春には桜観覧コースも運航するそうなので それに合わせて行かれても良いでしょう。
(私が行った11月末は 既に寒かったので合羽を貸してくれました。)


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