昭和の町・豊後高田 総集編

2010年09月21日 05:58



豊後高田ネタが続き いつまで引っ張るのか? と思われそうですが(笑)
今日の記事は豊後高田昭和の町・総集編として 市内中心部の町並みについて
何処のBLOGよりも沢山の写真と共に 長文でご案内します。
(引っ張ったつもりはなく 取材力のある私にとって(笑)書きたいネタが多すぎたもので....)

大分県豊後高田市は 国東半島の北東側の付け根(地図で言う左上)に位置する
人口3万余の小さな町です。(面積は別として人口では日本の市では最小クラス)
日豊本線 国道10号線 高速自動車道からも離れ 重工業の立地もなく
昭和30年代初頭までは 国東半島で最も賑やかな町場を有していたそうですが
この町も御多分に漏れず高度成長期は 市の停滞?衰退への道を歩んでいました。

国東半島の先の竹田津と徳山とを結ぶ 周防灘フェリーを利用した際に
この町は通過した事はありますが かつては大変地味な町だったので
今回“昭和の町”を訪ねるまでは 正直、何の印象も残っていませんでした。



鉄道が無い市 という事で 大分県宇佐市の宇佐駅からバスを利用しました。
宇佐市と豊後高田市を結ぶ主幹ルートだから バス便は多いのではと思いきや
1時間に1本弱と決してその便は多くありません。 4kmを約10分で到着です。



元々は豊後高田市にも ローカル私鉄が 日豊本線の宇佐駅から延びていました。
豊後高田のバスターミナルは 旧鉄道の駅舎跡に設けられたもので
鉄道駅だった面影は 鉄道が廃止されて40年たった現在でも感じられます。



廃線跡探訪が好きなマニアにはたまらないでしょうね。



さて、このバスターミナルの前から伸びる商店街は 
現在でも「駅通り」と名付けられています
バスセンターから右側に 9/129/159/18の当ブログで既に紹介した
豊後高田のコア的観光スポット『昭和ロマン蔵」があります。
今日の記事では 中心商店街を紹介して行きましょう。



鉄道の廃止 市の過疎化で 長らく沈滞していた豊後高田市の中心商店街。
活性化の為に この町のウリは何か を見渡して見たところ 
昭和時代が残る古臭い町という陳腐な材料しか見いだせなかったのですが 
逆にソレをウリにしようという事で 始められた町興し....。

幸いにも 豊後高田市は 国道が市街地の比較的外側をかすめて走り
中心部のレトロ建築(蔵、銀行や劇場などの重厚な建物)が現存していたのが幸いでした。
国東半島で最も賑やかだった商都だっただけに
人口は3万とはいいながらも それなりの集積があったのです。

こうして始まった「昭和の町」づくり 当初は観光客もまばらだった町並みは
観光施設の整備が進むにつれ 脚光を浴びるようになり 
バスツアーも 宇佐神宮と併せてここを訪問地に加えるようになりました。
観光客が増えると 歴史的に意義のある建物に 商店が入居したり
櫛欠けとなっていた商店街も活気が戻るようになったのです。





豊後高田人は 元来の商人的才覚を発揮し 昭和の町商店街には
昭和30年代の学校給食を再現した店 揚げたてコロッケの美味しい店など
一店一店がそれぞれの個性を競うような よく出来た商品を提供しています。
若者受けを意識した店は確かに少ないですが この昭和の町に似合わない気がしますね。 

商店街の長さは約550m。普通このくらいの規模の商店街だと 
通りの中央部や交通の要の周辺は賑やかだけれど 末端は客足も空疎なまま 
という事で感情的な対立が起こりそうですが 
豊後高田の町はそれぞれの通りの末端に 程よく観光スポットが位置していますし
地元の観光案内所で入手した散策マップを見ると「周回しないと損ですよ」と 
それぞれの商店街の魅力を紹介した地図が描かれています。
そういった工夫が功を奏して 観光客も昭和の町をグルッと周回しますし
共存共栄的な町作りが図られていると感じます。




商店街の真ん中に 水流を生かした商業施設



ふるさと産品の市場も


旧共同野村銀行
どっしりとした石造りの旧共同野村銀行は 現在ギャラリーに生まれ変わっています


昭和の町展示館
旧大分合同銀行の建物が 小さな展示館にリニューアルされています。
昔の映画を上映していました。



商店街の末端には 美しい川が流れていました。



この末端 桂橋の傍にある観光施設が「宝来開運館」で 
開運の物がたくさん展示されています。
必然的に観光客はこちらまで足を伸ばすようになっています。



最近になって あえて懐古調に作られた看板などが並ぶと
張りぼて的様相を漂わせがちになりますが、一町一品運動で名高い大分県
温暖で天災も少なく地味も豊かとあって 
売られている品物が本物志向なのが強かった。

 

広義には小倉商圏、狭義には中津商圏に含まれるのでしょうか。
他県の金融機関が無い所や 福岡、北九州からの高速バス路線が無い点をみると
「市」とはいっても 昭和の大合併で成立した典型的な成歩都市というのが分かります。
雇用吸収の場に乏しいので 18歳になったら若者は町を出るという
お定まりのローカルタウン。

商店街は活性化しましたが 今後の課題としては リピーター確保と 
農産・水産などそれを取巻く産業振興が待たれます。



商店街は 一般車両の通行を排除したような歩行者天国にはなっておりませんので
散策の際には注意して下さい。



お腹が空いたので 駅通りの「大黒屋」という大衆食堂へ入りました。
店の入口を見ると25年間 値段も変えていない という良心的な店
懐かしいメニューから 私は親子丼 子供はカツカレーを注文 450円とは安い.
店内の雰囲気も“昭和”を思わせる懐かしいもので 
「ファミレスばかりじゃなくて たまにはこういう所がいいよナ」と感じました。
歴史があり 結構タレントも来ている店のようです。
味も良いのでお薦めします。

豊後高田・昭和の町を楽しむには どの程度の時間を見ておけば良いか...。
一般的には『昭和ロマン蔵』と昭和の町散策で 3時間程度でしょうか。
私達はこれに宇佐神宮を加えて 山口県から日帰りコースで満喫出来ました。
これにボンネットバス乗車 ヴィンテージカー試乗などを加えると4~5時間は欲しいですね、
広島から別府・大分を結ぶ1往復の高速バスも
豊後高田を経由しており 乗車下車可能なので便利です。



観光案内所は『昭和ロマン蔵』にあります。
気さくな係員が 個性ある町の見所を上手に紹介してくれましたよ。
国東半島あちこちに足を伸ばせば 色々見所もありますが 
宇佐神宮と 豊後高田・昭和の町の散策は 印象に残るものと思います。

“昭和の町”隆盛で 町が個性豊かになっている事に
地元人の誇りも感じられました。

私達が訪ねた日は平日でしたが 
土日だとかなりの活気が溢れていると思います。
アーケードは無く 九州の暖かい陽光が降り注ぐ懐かしい商店街
皆さんも機会があれば 一度訪問されては如何でしょうか。


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