岐阜城

2008年11月16日 11:19



山頂城と云われる城郭は全国にありますが、全国で有数の高所にある城郭といえば
岐阜県岐阜市の岐阜城で 標高329mの金華山頂にあり 
これは私の地元・岩国城より僅かに高いです。
金華山頂へはロープウエーも通じていますから 楽に上がれます。

関西と関東を分かつ“関が原”から至近で 濃尾平野を睥睨できる岐阜市の金華山は
既に鎌倉時代(1200年頃)から 軍事目的の為に築城が始まっていました。
戦国時代の天文18年(1549)に 斎藤道三が稲葉山城を修築して入場しました。
そして岐阜城の名が天下に轟いたのは 永禄10年(1567)に織田信長が
この城を攻略し 地名を岐阜に改称してこの地方を平定してからです。
城下町・岐阜には「楽市楽座」が設けられ その賑わいはポルトガルの宣教師にまで
評されるほどだったといいます。



広大な濃尾平野の真ん中を長良川が貫流し 東に恵那、木曽の山脈 
西に伊吹、養老、鈴鹿山系が連なる...
こういう場所は やはり天下統一の本拠地に相応しい と
織田信長と同じように天下を見晴らしながら感じました。 
(逆に こんな良い場所で天下取ってしまうと 「遠方制覇の必要ないじゃん」と思え ハングリー精神が欠けそうになってくる気もしますが(笑) それはまぁ杞憂というものでしょうか...)



慶長5年(1600)の関が原の戦いでは 信長の孫 織田秀信が西軍に味方したために
徳川軍に攻め入れられ 激戦の末に落城 翌年に岐阜城は廃城となり
江戸時代には城郭も無い状態が続きました。
岐阜城は 昭和31年に復建され 鉄筋コンクリート造り 三層四階
棟高17.7mで 城内は史料展示スペース 展望台があります。
名古屋城に較べると はるかに城郭の規模は小さいですが 
金のシャチホコはありますし 眺望の良さから夏は夜景など愉しむ事が出来ます。




入城料金が安くて規模が小さな山頂城は 江戸時代は荒廃に任せながら 
昭和30年代に再建された城どうしだし、
ロープウエーはあるし 麓の川では鵜飼いもやってるし、鮎も美味いし、
日本海側との連絡が途絶して 旧国鉄が第3セクター化された長良川鉄道と錦川鉄道
おまけに在来線と離れた新幹線駅は 政治駅的性格が強いし(笑)
岐阜と岩国は共通点が多いなあ と 訪ねながら妙に嬉しく感じた岐阜の街でした。

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