繊維で栄えた街・岐阜を歩く

2014年07月18日 00:00



名古屋から11時の方向に位置する岐阜県岐阜市、名古屋から近過ぎることもあって
それほど拠点性は無い町なのではという先入観を持っていましたが
この街を歩いてみて 繊維産業を中心とした経済機能と 
長良川の鵜飼いなどを含めた観光関連の飲食機能などで それなりの都市経済力を有してきた事が感じられました。



岐阜駅
新幹線駅は併設されていませんが 東海道本線、高山本線の主要駅で 県都の玄関口



駅は高架駅です 40万都市らしい活気ある駅でした。



岐阜駅舎
駅前とともに長年にわたって整備が進められ、岐阜駅と町を繋ぐU字型の歩行者用デッキ“虹の架け橋”が広場を包みます。
広場の中には 岐阜の歴史を語る上で欠かすことの出来ない織田信長の銅像があります。 
杜の駅との異名を持つだけに 広場の中は四季折々の樹木が 訪れる人の目を楽しませてくれます。



岐阜駅北口に繊維問屋街が形成されています。



戦後の焼け野原だった所に 満州から引揚げた人たちが衣類を集めて売るようになり
それが一宮、羽島などから布を仕入れて新たな服を作って売る形態に変わり
岐阜の既製服産業(アパレル)が栄えるようになりました。
昭和24年から昭和28年になると 繊維問屋街は飛躍的に発展し
東京、大阪、岐阜は日本三大繊維産地の街となっていきました。



さらに昭和30年代には高度経済成長の波に乗り 新たな商品作りや縫製の進歩で
紳士服中心から婦人服 子供服 カジュアルなどへと裾野は広がりました。
昭和40年には岐阜産衣類の総売り上げは1,000億円台を突破し
昭和50年には岐阜産衣類の総売り上げは4,000億円台を突破
昭和54年には6,300億円に達しました。



20年位前までは繊維 洋服工場や問屋街が多数ありましたが、
中国を始めとする輸入製品の増加と共に衰退。
因みに、岐阜駅前の繊維問屋は,
昭和55年の1,390店から 平成12年には659店にまで減少しているそうです.



繊維で景気が良い頃は柳ヶ瀬の飲食街 岐阜駅南口の風俗街も繁栄し
駅前には「新岐阜百貨店」と「パルコ」、
柳ヶ瀬には「高島屋」と「近鉄百貨店」があり たいへん賑わっていたそうです。



ところがバブル崩壊 商業地の郊外化の進展で 岐阜の既存市街地は、一気に人が減り
柳ヶ瀬の「近鉄百貨店」、岐阜駅前の「新岐阜百貨店」が撤退し、
さらに人が少なくなり「パルコ」も撤退してしまいました。



名鉄岐阜駅 以前は新岐阜駅と呼んでいました。



名鉄岐阜駅ホームと名鉄電車 



岐阜の街を少し見ただけですが,路面電車が廃止され 車の流れがスムーズになっているように感じました。
岐阜中心街に集う人々の数が減少し,交通量自体が少なくなったのも要因かと思いました。



岐阜シティタワー43
2007年10月オープンで 住居を伴う複合ビルでは中部圏で最も高い。
地上43階 高さ162.8mで 最上階にはスカイラウンジ(展望室 レストラン)があります。
展望室は無料なので 岐阜に立ち寄った際には 上がってみてもよいかと思います。

衣服のタグに C-GHと記されているのは岐阜で企画されたアパレルという事ですが
確かに日本三大繊維産地と呼ばれただけに 岐阜発の衣料品は多いと感じました。
生産拠点は海外に移っても 開発・デザイン拠点は岐阜に置いて
岐阜アパレルの魅力を発信し続けて欲しいと感じました。





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