熊本城本丸御殿

2011年03月08日 05:58



本丸御殿は藩主の居間、対面所(接客の場)や台所等の機能が備わっていましたが、
大広間(対面所)、数奇屋(茶室)と大御台所を復元したものです。



構想から10年・着工から5年という壮大で緻密な計画の元に復元され
現在公開されている御殿は 床面積は890坪です。







950種・4万本の木材を使った巨大な木造建築で
木造瓦葺きの地上3階 地下1階畳は、全体で580枚使われてます。
これでも当時の3分の1の復元です。



復元にあたっては 築城時の厳密な調査を行い いにしえから続く伝統技術を集めましたが、
一般的には想像するのに難しい 忍者屋敷のような建物だったようで 
設計の専門家たちを深く悩ませたようです。



本丸御殿の間取りは 発掘された遺構と絵図面を元にしているので、
数寄屋(茶室)や大台所などほぼ元通りに復元されています



大広間棟南の中庭も、少しだけ復元されています。

本丸御殿の天井裏は大変広いです。 絵図面通りに大広間棟に中二階と三階があります。
隠し部屋や秘密の仕掛に関しては 初めて来る人は多分迷うのではと感じます。
昭君之間以外の部屋の装飾等は 襖絵や釘隠しなどありますが、普通の部屋は意外と地味です。、



地上に出入口がありません。建物の出入口は、地下にある「闇り門」で
ここをくぐると一本の「闇り通路」が延びています。



大広間棟の建物は、石垣と石垣の間にまたがって建てられた特殊な構造になっています.








「若松の間」








本丸御殿は、「昭君の間」が目玉で、警備員が立ち 撮影もフラッシュ禁止です。




加藤清正は豊臣秀吉の親戚筋にあたり、豊臣家存続のため
「昭君之間」は秀頼を隠まうための部屋であると伝えられています。
「昭君之間」に入るには 地下道を通らなければならず、地下から階段を上がっても、
幾つかの部屋を突破しなければたどり着けないよう一番奥の部屋に設けられています。
さらに「昭君之間」の横には抜け穴も用意されていました。

「昭君之間」は輝りかがやく金碧障壁画
狩野派が活躍した桃山文化が甦る豪華絢爛な世界です。

当時、一段高い鈎上段には豊臣秀頼か加藤清正しか上がれなかったそうです。






個人的には、御殿と天守を繋ぐ地下の「闇り通路」が印象に残っています。

いよいよ 九州新幹線の全面開通が3月12日と迫りました。
熊本へのアクセスも飛躍的に便利になるわけで 皆さんも熊本市に出掛けてみてはいかがでしょうか。


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熊本城を訪ねて

2011年03月05日 00:00



熊本市のシンボルである熊本城を訪ねました。実は私にとって既に4回目になりますが 
本丸御殿が復元されて注目を集めていると聞き 再訪問したくなったのです。

熊本城は 市街の中央、茶臼山丘陵一帯に築かれた平山城で 
名将・加藤清正が7年の歳月をかけて 1607年に築いた豪壮堅固な城郭です。
熊本城の敷地は大阪城に近い位広大であり 日本三名城の一つに数えられています。

1960年(昭和35年)に、築城350年と熊本国体開催に合わせ、熊本市は一般からの寄付も募り
1億8000万円の費用をかけ外観復元で大小天守と平櫓、塀などを再建し、本丸一帯を公園として整備しました。
天守は鉄筋コンクリート造りで、内部は熊本市立熊本博物館の分館として史料等が展示されるようになりました。
2007年(平成19年)築城400年に際しては、本丸御殿をはじめ、
西出丸の塀、戌亥櫓、元太鼓櫓、奉行丸の塀、未申櫓、南大手門などの建造物を数年かけて復元し
ほぼ現在見られる形となりました。
なお、未だ復元工事中や、工事未着手の建物も幾つかあります。



城内巡りをする場合、私は毎回違う道から入っています。
今回は 加藤清正像から 行幸橋、そして備前堀(上写真)を見ながら 行幸坂を登り



「南大手門」から奉行丸へ入り「西大手門」そして「二の丸広場」
それから「西大手門」へ戻り 「頬当御門」で入場券購入し 首掛石を通って
本丸「本丸御殿」「大天守小天守」、平左衛門丸「宇土櫓」へ周ってみました。

効率よく城内巡りをする場合は、「櫨方門」から入って本丸御殿、天守閣、
宇土櫓、数奇屋丸、飯田丸五階櫓と回り不開門から出て長塀の下を歩き「櫨方門」へ戻る
と良いと思います。



西出丸からみる熊本城全景も 城全体の大きさを感じとれて好きな景色です。



二の丸と本丸の間の堀は大きいです。ここは空堀で 建設当初から空堀です。
熊本城には水堀は少なく、水掘りは規模が大きいとかえって攻城方が船を使ったり
少人数が決死隊となって、泳いで城壁破壊等を行えるので、
織豊期に建設された城郭では、あまり使われていません。
そういった意味で、やはり熊本城は実戦を意識した城郭遺構と言えましょう。



入城門で熊本城のパンフレットを入手。スタンプを押して廻ります。



中世に千葉城、隈本城が築かれ、安土桃山時代末期から江戸時代初期にかけて加藤清正がこれを取り込み、
現在のような姿の熊本城が築かれました。
清正流(せいしょうりゅう)」と呼ばれる石垣の上に御殿、大小天守、五階櫓などが
詰め込んだように建てられ、一大名の城としては日本一とも評されています。



細川氏の居城となった以後も 改築は追って行われ、
明治初期までは 大半の建物が撤去されずに現存していました。

明治中期以降、熊本鎮台が置かれた後に建物や石垣、曲輪の撤去や改変が行われ
西南戦争では 天守を含む御殿や櫓など主要な建物を焼失してしまったのです。
残存したのは、宇土櫓(重要文化財)や東竹之丸の櫓群のみとなっています。

石垣普請の名手とされる清正が築いた石垣は、明治の地震で石垣の一部に改修された部分があるものの、
ほぼ江戸期の改築による変遷の痕跡をとどめ、城跡は特別史跡に指定されています。
昭和初期には大小天守と一部の櫓が外観復元され、
最近でも、櫓や本丸御殿などの主要な建物を木構造で復元する事業が行われています。



天守は、連結式望楼型、大天守は3重6階地下1階、「一の天守」とも呼ばれています。
小天守は3重4階地下1階、「二の天守」とも呼ばれ、「御上(おうえ)」という夫人のための建物です。
大天守は、一般に5重の天守として見られていますが、2重目にあたる部分と4重にあたる部分のものは
屋根ではなく廂とするので、正確には3重6階地下1階の天守です。
萩城天守と同じように天守台から少し張り出す「張出造」で、張り出し部分には石落しが設けられていました。



大阪城や名古屋城には内部にエレベーターがありますが
熊本城天守閣は最上階まで階段(157段)のみとなっていますので、車椅子での登閣は困難です。



最上階 展望スペースからの風景。






熊本城の特徴を強いて言えば 実戦を経験した城では唯一落城しなかった城であり
 非常に実戦向きにつくられた城郭と評価出来ます。

西南の役で西郷軍の猛攻に耐えた熊本城。
 (会津若松も善戦しましたが、最後は城をを明渡しました。五稜郭も陥ちました。
  大坂城は慶喜が城を空にして逃げてしまったので、これは落城でしょう)

清正が 朝鮮の籠城での苦い経験を生かしたもので
いざ籠城という時に備え 壁に非常時には食べられる植物を用いて築いていたり
放物線のような反り返った石垣(武者返し)も 朝鮮の蔚山篭城戦で見た朝鮮式の土木技術を駆使し、
関東との戦いに備え 秀頼を迎える特別の間があったり、そこへ通じる抜け道も周到に用意されていました。



西南戦争の時 西郷軍と戦いますが、清正が心血を注いだ城だったので 
当時の近代兵器を用いても 熊本城は難攻不落ぶりを示し
西郷隆盛は「さすがは清正公のお城」と評価したようです。



天守部分は焼失し 復元したもので当時のものではありませんが
 城の美しさという事では姫路の白鷺城と比肩し得ると感じます。



熊本城で見落としてはならないもの、それは石垣の積み方です。
俗に「武者返し」と呼ばれる方法で、上に行けば行くほど
傾斜が高くなって、石垣を登ることが出来ない…と言われ その高さは10m以上。
石垣を垂直に組めば防御力が増すという発想、朝鮮出兵によって得られたもので、
以降の日本の城に共通する石垣築造の王道となりました。



宇土櫓



関が原の戦以降、各地の大名は幕府から一国一城制が命じられ、
支城は廃する必要に迫られましたが 代わりに主居城の新築や修築を競うようになりました。
熊本城の場合には、多くの支城にあった天守を移築して櫓に再利用した結果、
極めて豪壮華麗な建築物群に成長していったようです。
肥沃な平野を有し 阿蘇の伏流水にも恵まれ 石高の高さも幸いし
その結果、一大名の城としては最大規模の城となり 日本三大名城の一つと数えられるまでになったのですね。

居城の新築や修築には 全て江戸幕府の意向に背かずに行う必要があり、
建築予定地から設計図面の提出など繁雑な手続があったようですが、
清正はそれらを上手くクリアして修築しています。



次回の更新では 2007年になって復元された熊本城本丸御殿を紹介します。



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熊本 水前寺公園を訪ねて

2011年03月02日 05:58



熊本市の名園 水前寺公園を訪ねました。
この公園は 正式名称を水前寺成趣園(すいぜんじじょうじゅえん)と呼ぶ大名庭園です。



豊富な阿蘇伏流水が湧出して作った池を中心にした桃山式回遊庭園で、
築山や浮石、芝生、松などの植木で 東海道五十三次の景勝を模しています。
面積は約7万3千平方メートル。
1929年(昭和4年)12月17日に「水前寺成趣園」として、国の名勝および国の史跡に指定されました。
公園名の由来ですが
陶淵明の詩「帰去来辞」の一節「園日渉以成趣」からとって「成趣園」と名付けられました。



庭園内の池の東側は 富士山などの東海道五十三次を模した風景の場所なので 特に風情があります。
池の西側は土産屋などの店が並び、観光地化した商業ゾーンという感じは少なからずあります。









古今伝授の間からの眺めは最も綺麗ですが。ここは抹茶を頼まないといけません。
抹茶と和菓子のセットで付いてくる菓子名は「望月」と云い
熊本の中心部の鶴屋デパート地下の食品売り場にも売ってあります
(デジカメ電池切れで 写真は撮影出来ませんでした)



日本三名園である 水戸の偕楽園、岡山の後楽園、金沢の兼六園、
そして熊本の水前寺公園 鹿児島の磯庭園 高松の栗林公園など
有名な藩では見事な庭園がありますが 江戸初期大藩ならではの余裕の表れでしょうね。



公園の歴史としては 熊本藩の初代藩主細川忠利が寛永13年(1636年)頃から築いた「水前寺御茶屋」が始まりで
細川綱利の時にに泉水・築山などが一挙に作られ、現在のような形に形成されました。
安永5年(1776年)には東側に馬場が設けられ 明治になると官有となりましたが、
明治10年(1877年)の西南戦争では 中心となる御茶屋「酔月亭」は焼失し、泉水・築山なども荒廃しました。
それを嘆いた有志が払い下げを訴え、
明治11年に細川藩主を祀る出水神社が園内に創建され、出水神社の社地として庭園が払い下げられました。



昭和30年代までは熊本市街もそれほど拡張しておらず 周囲は畑であったため
阿蘇山、飯田山、立田山、健軍神社などを借景にしていたようですが
現在は マンションなど高層建築が林立し 景観を損ねてしまったと嘆かれているとか。
近年は年間40万人弱の観光客が訪れています。

この公園 知名度がそれなりにあるのは 熊本出身の歌手・水前寺清子さんの恩恵も大きいのでは....。
今度また 季節の花の時期に合わせて行きたいと思いました。
写真撮影をしたり ある程度眺めながら廻るならば 最低1時間は欲しい所ですね。



熊本の「水前寺公園」の入口にに一番近い「いきなりだんご」
客がいきなり来てもすぐに作って出して
割るといきなり芋が登場するところが、いきなりの名の由来です。



熊本市内を観光するには、熊本城と同様に欠かせない場所でしょう。
水前寺の側に、夏目漱石の旧宅があるので、そこもセットで訪ねても良いでしょう。
公共交通機関を利用して行くならば 熊本市電・健軍町行きに乗ると
水前寺公園電停がありますので そこを降りると徒歩3分です。



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熊本名物・大平燕

2011年02月27日 05:58



旅に行けば その土地の美味しい食べ物を食べないと気が済まない私(笑)
熊本城の本丸御殿を見るのが目的の旅でしたが 熊本の料理 大平燕(タイピーエン)を食べました。

大平燕(タイピーエン)とは、九州は熊本で生まれた熊本の名物料理で、
緑豆春雨を使用した中華風春雨スープです。
元祖は中華園(熊本市桜町「くまもと阪神」8階)と言われており
華僑の中国料理店店主が遠い中国の「燕の巣のスープ」に思いを寄せ、
入手困難な燕の巣の代わりに春雨を用いて考えたと云われています。
熊本市内では中華料理店のメニューの定番となっている、ポピュラーな存在です。

色々調べ上げると 中華園、中華名菜紅蘭亭などが 名が通っているようですが
昭和8(1933)年の創業当時から太平燕を作っていた創業70余年の老舗 中華園に行きました。
老舗と聞いて本格的な中華料理屋のイメージを抱いていたので 
多少の違和感があったのですが、くまもと阪神百貨店の8階にある中華料理屋さんでした。



店の前は結構豪華に見えましたが
店内の雰囲気は、デパートの食堂街によくあるような普通の中華料理店



熊本の街を見渡せる窓際の明るい席に座らせてもらいました



スープは塩控えめでまろやかなコクがあり、透き通るように細い春雨によく絡む。
具には、白菜、海老、春雨、キクラゲ、しいたけ、イカ、豚肉、ゆで卵が入ります。

太平燕が別名『五目春雨スープ』って呼ばれてるのが
このスープを飲んでみると よく解ると思います。



体が暖まるので、私が訪ねた時のような寒い日によく合いました。
スープはあっさり 野菜はっぷり。それでいてコクがあるのは見事としか言えません。
そのうえ麺が春雨で ヘルシーな料理ですから、是非お勧めしたい熊本名物です。



■たっぷり野菜と春雨で低カロリー♪熊本名物太平燕 タイピーエン(2食分)/餃子の王国
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熊本市 中心街を歩く

2011年02月24日 05:58



九州新幹線の全面開通 迫ってきましたね。
3月12日からは 熊本 鹿児島への時間的距離がずいぶんと近くなる訳で
皆さんの中には 春になれば行ってみようかと思われている人も多いのでは?

今日から5回ほど 熊本特集として
新幹線が開通する熊本市の観光を 当Blogで紹介します。
先ずは熊本駅 そして熊本市街地からご案内しましょう。



熊本市に乗り入れる九州新幹線は 在来線の熊本駅に併設されます。
(市街地の外れに 新○○駅 が出来るのは 意外と不便ですからね)
ただ この熊本駅 市街地の南西に位置し 繁華なエリアではありません。
初めて熊本に降り立った人は こんな田舎町なの?と思うような場末(失礼)



東口の駅ビルまでは建て変わらないようですが 駅前の風景はだいぶ様変わりしました。
(写真は2010年12月の撮影です 今はすっきりしていると思います)



市の中心街へは 路面電車がほとんど待たずに乗れるサイクルで運転され便利です。



熊本は細川氏54万石の城下町として発展し 現在の人口は73万人、
一年後には政令指定都市に昇格する見込みです。
旧城下町を中心に市街地が展開しており、熊本城の東側が街の中心となります。



辛島町電停で降りて 中心部を散策しました。
いわゆる中心街に特化しているタイプの都市構造で
サンロード新市街、下通、上通と呼ばれる
中核市最大規模のアーケード街が1km以上にわたって連なります



サンロード新市街 パチンコ店など遊興施設が多い所



熊本市の下通り商店街は確か日本一大きなアーケードだったかな?
肥後人は着道楽なようで インポートブランドのショップなど
熊本には早くから色々来ていたよ と云われています。
写真は平日の朝に撮影したものなので人通りが少ないのですが 休日は大変賑やかです。



上通り商店街 どちらかといえば地場資本が頑張っています。






中心部のくまもと阪神百貨店から見た 中心部の風景
私は熊本はここからの街の風景が好きですね。
1956年一番最初に政令市になった6大都市そして札仙広福の次に
大きな街なのではないかと感じます。

下には 日本最大規模のバスターミナルである熊本交通センター
交通センターも繁華街に近いので、熊本から福岡市中心部天神、福岡市から熊本市中心部の
移動自体もスムーズ



戦後、九州を管轄する国の機関は福岡に移り 熊本市の比重は薄くなってしまいましたが
財務局、国税局、農政局と 郵政など一部は引き続き熊本に置かれ続けており、
九州の中枢都市としての役割は果たしています



特徴としては地下水が豊富な事で。そのため、日本最大(世界最大)の地下水都市、とも言われています。
「熊本市は地下水のため水道代が無料である」という噂もありますが これはデマなのでご注意!(笑)、
グルメでは メジャーな馬刺や、郷土料理のタイピーエン、熊本ラーメンなんかも美味いです。
郷土料理のタイピーエンは 次回に詳しく紹介します。




交通センターのセンターコート(入り口の広場)にはおてもやんの銅像があります。
また、センターから熊本城に行く途中の熊本市民会館(愛称は崇城大学市民ホール)の前には加藤清正像があります。



車道のメインストリートと云えるのが『通町筋』
上通り・下通りを分ける通りになります。鶴屋という地場百貨店や熊本パルコがあり
人通りも多く賑わっています。 写真の建物は熊本で一番大きな百貨店『鶴屋』



上通り・下通りに交わる通りも 飲食店やファッション街など 様々な個性を持った道筋があり
街歩きが楽しくなりそうです。
シャワー通り…アーケードを出た所にあって 雨天時に濡れるからこの名が付いたようですが
熊本のファッションをリードする路面店が集います。
オークス通り…大きな楠からこの名がついたようですが 森の都と云われるだけに緑が多く
大変落ち着く街並みだと感じます。

市街中心部には30階建て以上の高層建築はありませんが 熊本城の美観を損ねないように
やはり条例でもあるのでしょうか??。



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