FC2ブログ

花を訪ねて能古島へ

2019年03月13日 00:00



福岡 博多湾に浮かぶ能古島に 花を見に行きました。
こちらの写真は昨年の桜の花が咲く頃に行った時のものですが、
これから能古島への旅を検討している皆さんに
春の開花時期に間に合うよう 少し早めに情報をお届けしたいと思います。



能古島は博多湾の真ん中にぽっかり浮かぶ自然豊かな島で、
南北3.5㎞ 東西2㎞、周囲12㎞ 面積3.93㎞。島の一番高い所で195mです。
奈良時代には 防人が置かれ 万葉集にも詠われました。
平安時代になると牛の牧場が出来 
刀伊の入寇、 鎌倉時代には元寇の侵略も受けました。
江戸時代には 黒田藩の鹿の猟場となり 五ヶ浦廻船の浦の一つとして繁栄しました。



昭和16年に福岡市と合併した時に「能古」という島名になりました。
アクセスは福岡市姪浜から市営渡船を利用しますと約10分で到着します。



能古島の北部に拡がる「のこのしまアイランドパーク」は、
約15万平方メートルの自然公園です。
船着場からは「のこのしまアイランドパーク」行の西鉄バスが発着しているので
直ぐに分かると思いますが、バスは1時間に1本(バスの所要時間は約15分)で、
タクシーは個人タクシーが1台しかないとの事で、
時間にゆとりを持って行きましょう。



入園料は大人1,200円で、営業時間は9時から17時半まで
(日祝日は18時半まで)です。(2019年3月現在)









桜、菜の花、コスモスなど、一年を通じて季節の花々が咲き誇ります。
特に、菜の花とコスモスは有名で、
福岡の花風景のインスタスポットでは代表的な存在ですね。





私は菜の花と桜が楽しめる4月最初の週に行きました。
見渡す限りの菜の花は圧巻!
眼下に広がる博多湾の海の色とのコントラストは「絶景」の一言に尽きます。



他の季節でも、時期に応じた花々が咲き乱れる事と思いますので、
ネットで生きた花情報を参考に訪れてみて下さい。
1月や2月はさすがに何も咲いていないでしょうが(^^:)。



園内は多少登り降りの起伏があります。
島の中の高台に位置してる事もあり、
海を臨む景色は総じて素晴らしいと感じます。







福岡の都心部から1時間程度で行けるスポットなので、福岡市街も見渡せます。



園内にはレストランやお土産屋も色々あります。





バーベキューハウス、ヤギやウサギ、ポニーの居るふれあい動物園。



レトロな町並みを再現した「思ひ出通り」では
昔懐かしい駄菓子やおもちゃにもお目にかかれます。

貸し別荘やキャンプ村のバンガローなどでのバカンスも体験できます。



能古島アイランドパークの誕生は、1969(昭和44)年で、
50年以上の歴史を持っています。
「ジェットコースターなどの遊戯施設は置かず、可能な限り自然の姿で、
限りなく人工的なものから遠いものにしよう」と言う思いを貫き通して 創り上げられたとの事。



人口は僅か700人ばかりの島ですが、歌に歌われ島でもあり、
B'z『RING』、井上陽水『能古島の片想い』は有名ですね。
また、かいわれ大根は、能古島が発祥地です。



島にはコンビニも娯楽施設も 深夜まで空いている居酒屋もありませんが、
島に流れる風がゆっくりとした趣を出して、
景色と花、海と景色、ただそれだけを堪能するには 最高に贅沢な時間でした。

海峡ゆめタワー

2019年02月11日 00:00



全国の主要都市には、東京スカイツリーをはじめ各地に展望タワーがありますが、
山口県にもそんな展望塔が 一つだけ存在しています。



下関市の「海峡ゆめタワー」で 1996年夏に誕生しました、
高さは153m、展望室の最上階は143mです。
30階(相当)にある展望台へはエレベーターで70秒で到着。
入場料は大人600円。



やはり平成時代の設計だけあって デザインは現代的で斬新。
頂上球形総ガラス張り展望室は世界初です。タワー頂部の球体直径は21メートル。
タワーに使ったガラスも8,700枚との事です。
風等によるタワーの揺れは、制震装置(球体部分の下の箇所に設置)により、
1/2~1/3に低減しており 最大瞬間風速120m/秒まで耐えることができます。









都会から来た皆さんは 展望室から下関の町を見て田舎だナと思うでしょうが、
それだけに静かで 人も少ないのがまた良いのです。
椅子が置いてあり自由に座れ、好きな場所でのんびりと景色が眺められます。











瀬戸内海、関門海峡、巌流島、九州の連山そして響灘(日本海)と
360度の雄大なパノラマが一望に広がる点は素晴らしいと感じるでしょう。



様々な歴史の舞台になった関門海峡ですが
ここでは弥生時代から現在に至るまでの下関の歴史を、
のパネルで図や解説を交えて紹介しており 色々と学べます。



実際の景色を見下ろしながら、日本史で有名な「壇ノ浦の戦い」や
「巌流島の決闘」の理解を深める事が出来ます。





そしてココは恋人の聖地でも名高く 南京錠が括り付けられていました。







下関駅前で 2時間程度自由になれる時間があれば 
立ち寄ってみられては如何でしょうか?
夜はタワー自体もライトアップされて 綺麗です。

マリホ水族館

2019年01月12日 00:00







今日は沖縄でスキューバダイビング!

というのは冗談で...(^^)
広島で最も新しい水族館、マリホ水族館に立ち寄ってみました。
"立ち寄る"という言い方で書き記しましたが、
それだけにこちらの水族館の規模は小さく
アウトレットショッピングモールの一区画に 一昨年にオープンしたミニ水族館なのです。









最先端の水塊展示により、
海や川の水が生き物のように動く水中景観がリアルで印象的です。
瀬戸内の海、渓流、海月、珊瑚礁の海など6ゾーンの水槽で、
150種、約5千匹がダイナミックに泳いでいます。





入場料は900円と手頃ですから 幼い家族連れの世代には好適ですし、
水棲生物の生態や営みを観察したり、



広島県や瀬戸内海などに棲息する魚類に関する知識を深める事も出来ます。







旅費をかけて 有名水族館を巡る旅も良いのですが、
単にインスタ映えを謳いたいならば、
こちらで低コストで楽しむのも無理がないかもしれませんネ。





まぁ当然 イルカのショーや水槽の魚を見ながら
ランチという訳にはまいりませんが....(*´-`)









驚く事に、ミニ水族館ながら 出口ちかくの「空海館」には
魚介類のグッズ、広島観光やカープに纏わるグッズも販売されており、
商魂逞しいナと感じたのは事実です(笑)。





マリーナホップ内の施設、店舗で当日券を提示すると
様々な特典やサービスが受けられますので、
アウトレットショッピングやグルメと併せて訪ねても面白いかと思います。

蔵王温泉

2018年12月13日 00:00



山形県山形市南東部、蔵王連峰の西麓にある温泉 蔵王温泉を訪ねました。
当方の写真は6月に訪問した時に撮影したものなので 屋外の写真などは 
今の時期とは風情が異なる部分もあるかと思いますが ご了承下さい。

蔵王温泉は、西暦110年開湯と言われ 1900年の大変長い歴史を持つ温泉です。
蔵王連峰の西麓の標高880mに位置し、古くは高湯と呼ばれていました。
山形県の白布温泉、福島県の高湯温泉と共に奥羽三高湯の一つに数えられています。



湯の香漂う温泉郷
温泉街には 3軒の共同浴場と 3軒の日帰り入浴施設があります。
温泉街にそって酢川が流れ、上流には温泉を祀った酢川温泉神社があります。
共同浴場は上湯、下湯、川原湯が存在し 
春から秋にかけては、川沿いに「蔵王温泉大露天風呂」が作られ、
蔵王温泉の名物ともなっています。
足湯は 共同浴場下湯の前と 緑屋2号源泉脇に設置されています。

蔵王温泉での宿泊は「五感の湯つるや」を利用しました。
蔵王温泉バスターミナルの目の前で立地は抜群です。
自噴する自家源泉があり、全ての大浴場と貸切風呂は源泉100%かけ流し
との事で こちらの宿を選択したのです。



客室より望む 蔵王の自然が織りなす景観



自噴する自家源泉を持つ温泉旅館です。
蔵王特有の乳白色の源泉は強酸性で効能も多く、
硫黄の香りが我々温泉好きを喜ばせてくれました





「五感の湯つるや」の四季折々の食材を活かした地元山形の郷土料理は良かったです。
量が多いのは常としても、味も品数も申し分なしで大満足です。



そして 山形の銘酒も美味い!



朝食
ここは温泉だけでなく水も美味しいのか、
供される山形米のご飯がとても美味しかったです。





つるや源泉の温度は縁起の良い55.5度!
温泉らしい硫黄の香りに包まれて、心からリラックスすることが出来ます。

但し、蔵王温泉の泉質上(強酸性・硫黄泉)、
金属類(金・ プラチナ除く)は錆びるので、眼鏡やアクセサリ類は外してご入浴ください。



その名の通り、温泉を「五感」で...
乳白色と酸性湯のお風呂が非常に気持ちが良かったです
つるや源泉の温度は縁起の良い55.5度! 
滾々と湧き出る毎分180リットルの強酸性硫黄泉自噴自家源泉の温泉を
贅沢に使用した大浴場・露天風呂を堪能しました。



源泉が複数あって、それぞれ温度やpHが少しずつ異なりますが、
1.6前後が多く強酸性の泉質が特徴です。
強酸性泉が 古くから皮膚病に高い効能があるとされ、
肌を白くする効能から「姫の湯」との異名も持っています。

日本有数の規模を誇る蔵王温泉スキー場を併設しており、
冬季はスキー客などでも賑わっています。



朝も白濁したお湯に何度も入りました。





本物の温泉の良さを改めて実感しました。



蔵王温泉は 伝説によると、東征した日本武尊に従った吉備多賀由により西暦110年頃発見され
多賀由から転じて高湯と呼ばれるようになったようです。



1950年(昭和25年)、「新日本観光地百選」が公募されると、
山形県民は蔵王連峰を推す運動を展開し、山岳部門で1位となりました。
地元住民はこれに歓喜して、蔵王連峰西麓の村は村名を蔵王村に改称し
同村内の高湯も蔵王温泉に改称されたのです。



昭和30年代半ばから高度経済成長が山形にも及ぶようになり、
1962年(昭和37年)に蔵王エコーラインが開通し、
1963年(昭和38年)に蔵王連峰が蔵王国定公園に指定され、
蔵王周辺は観光地として脚光を浴びるようになりました。
その後は蔵王温泉は、高原保養地しても 拡充されていき、
さらに山形蔵王温泉スキー場の大型化も行われ、
東北地方を代表する山岳リゾートとなったのです。 





1980年代以降からは東北新幹線や山形新幹線、高速道路の供用開始で
遠方から蔵王温泉へのアクセスが向上しました。





「五感の湯つるや」は 建物は新しくはないかもしれませんが、
綺麗に管理されており清潔感がありました。
従業員の方も、案内の仕方など押し付けがましさがなく
温かな笑顔や言葉かけに気持ちよく過ごせました。



蔵王温泉バスターミナル前に位置し眺望と強酸性自家源泉100%掛け流しの大浴場・露天風呂・好評4つの貸切風呂自慢の宿

平泉・中尊寺

2018年11月13日 00:00

岩手県西磐井郡平泉町にある 中尊寺を訪ねました。



月見坂
大杉の並木の坂道がずっと続き 
参道を歩いてるだけでもパワーが降り注いでいる感覚になります。





結構急な坂道で 金色堂は一番奥にあるため 途中で休憩しながら行くと良いでしょう。



奥州藤原氏三代ゆかりの寺として著名で、
境内は「中尊寺境内」として国の特別史跡に指定され、
平安時代の美術、工芸、建築の粋を集めた金色堂を始めとして、
3000を超す国宝・重要文化財・史跡を有する寺社です。

2011年6月、「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」の
構成資産の一つとして 世界遺産に登録されました。
藤原氏の黄金文化を伝える貴重な財産となっています。



天台宗東北大本山の寺院で 奥州三十三観音番外札所です。
山号は関山、本尊は釈迦如来。
寺伝では 嘉祥3年(850)比叡山延暦寺の高僧慈覚大師円仁の開山とされています。
実質的な開基は藤原清衡です。



中尊寺は嘉祥3年(850)比叡山延暦寺の高僧慈覚大師円仁によって開かれました。
その後、12世紀に奥州藤原氏初代清衡公によって大規模な堂塔造営が行われました。

清衡公の中尊寺建立は、11世紀後半に東北地方で続いた戦乱で亡くなった人の霊を
敵味方の別なく慰め、辺境であった東北地方に、
仏国土を建設するという理想があったと云われています。
戦乱で父や妻子を失って 骨肉の争いを余儀なくされた清衡公の非戦の決意もあったようです。



本堂
参道である月見坂を登った右手の中尊寺本坊内にある中尊寺の本堂で 1909年の建築です。



2013年3月24日、新本尊の丈六釈迦如来坐像の開眼法要が行われました。



讃衡蔵
中尊寺ほか 山内寺院の文化財を収蔵・展示する施設です。
1955年に開館し、2000年に現在の建物に新築されました。
もと本坊本尊の木造阿弥陀如来坐像(重文、中尊寺蔵)、
峰の薬師堂にあった木造薬師如来坐像(重文、願成就院蔵)、
閼伽堂にあった木造薬師如来坐像(重文、金色院蔵)の3体の巨像や、
多くの文化財を収蔵展示しています。



中尊寺の拝観券



金色堂(国宝)
藤原清衡が建立した阿弥陀堂で、天治元年(1124年)の上棟です。
建物の内外を総金箔張りとする事でこの名が付いたようですが
現在は鉄筋コンクリート造の覆堂内にあります。



堂内の装飾に目を奪われます。4本の巻柱や須弥壇(仏壇)、長押にいたるまで、
白く光る夜光貝の細工(螺鈿)、透かし彫りの金具・漆の蒔絵と、
平安時代後期の工芸技術を結集して荘厳されており、
堂全体があたかも一つの美術工芸品の感がします。



天井の装飾も素晴らしいので、ぜひ見逃さないようにして下さい。
写真撮影は禁止ですが、金色堂は暫く見とれてしまうくらい黄金が眩い建物です。
初代清衡公から四代泰衡公までの亡骸が この金色堂の中の金色の棺に収められています。

黄金と言えば豊臣秀吉の黄金の茶室を思い出される方もいると思いますが、
成金主義の象徴のような茶室に対して こちらの金色堂は神秘的な後光の輝きがあります。



金色堂旧覆堂
1962年、金色堂の解体修理工事が始まるまでの約500年間
金色堂を風雨から守ってきた堂で、
1964年に100メートルほど北西の現在地に移築されました。
建築年代は室町時代中頃と推定されています。



経蔵(重文)
金色堂の近くにある 国宝の一切経を納めていた建物で、
一部平安時代の古材が使用されていますが、建築年代は鎌倉末期と推定されています。
内部にはかつて国宝の螺鈿八角須弥壇が置かれ、
壇上には獅子に乗った文殊菩薩像と従者4体からなる文殊五尊像(重文)を安置していました
(現在は須弥壇、文殊五尊像ともに讃衡蔵へ移動)。



中尊寺は、建武4年(1337年)に大火があり、金色堂を残してほぼ全焼しました。
江戸時代には仙台藩領内に属し、伊達氏の庇護を受けて堂宇の補修・建立が行われ
承応3年(1654年)からは仙台・仙岳院が別当寺となり
寛文5年(1665年)には江戸・寛永寺の末寺となります。



元禄2年(1689年)に『奥の細道』の旅をしていた松尾芭蕉が、
中尊寺の荒廃ぶりを見て嘆き 詠んだ事が知られています。





奈良や京都や鎌倉や 権力の中心地がめまぐるしく変わって行った歴史。
その中で 中央から遠く離れた東北の辺鄙な位置に 
こんな栄華があったという記憶・記録・遺構は 大変貴重な存在です。



日本屈指の知名度を誇り 世界遺産にも指定された東北の古刹・中尊寺。
歴史好きの方は 是非訪問される事をお薦めします。




〇早期予約が◎女性に人気 お肌も・体も・ココロも美人度UP。自家菜園の野菜。トロける湯質。ココロに響く風景で おもてなし